もっと遠く!―南北両アメリカ大陸縦断記・北米篇 (上)

もっと遠く!―南北両アメリカ大陸縦断記・北米篇 (上) 文春文庫 (127‐8)

by G-Tools



(55頁より引用)

いつも軽くしびれてしくしく痛む右手が氷雨やリールの金属の肌やで骨まで冷えこみ、凍りついたみたいにこわばっている。竿をふった瞬間に疼痛が右腕を走りぬけて肩をふるわせる。
しかし、電撃が糸から竿の穂さきに達した瞬間、三十年が消える。十八歳の声が漏れる。昇華する。放電する。
氷雨が音をたてはじめた。
[感想]
開高健がアラスカからフエゴ岬まで釣りをしながら旅をするお話。
上巻はアラスカのヌシャガク河、バンクーバー、コロンビア河、コロラド河(レイク・パウエル)、ニューヨークと旅をする。豊穣の時間を味わったり、坊主の苦味を味わったりするが、旅の仲間が活き活きと描かれている為か、釣り一辺倒にならずに文化と自然と人間を一体感ある文章で描き出している。人も自然で人生は釣りだという気分になる。
開高健の文章も素敵だが、水村孝の写真もこの本の愉しみの一つである。何故こんなにも自然に、さりげなく、しかも語りだしてきそうな写真が撮れるのだろう。写真だけ眺めていても全く飽きない。
釣りをするときの感覚は、上記引用部分のままである。疲れ果てて不安で負けそうなとき、指先にほんの少し感じるあの感覚だけで、時間が止まる。時間と思念と肉体に絡め取られた自分が、そこには、いなくなる。こんなに端的に釣りをする理由を表わした文章は、滅多に出会えることは無いと思う。
読むだけで釣りに行きたくなる本だ。
[情報]
ISBN4-16-7127075
開高健 著 (水村孝 写真)
文春文庫
http://ja.wikipedia.org/wiki/開高健
開高健記念会
開高健・名言集:みんな好きだなぁ。
コレクシオン 開高健:全部欲しい。